NHKの『こころの時代』

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波多野誼余夫・稲垣佳世子著『無気力の心理学』という書籍を紹介する。


私が学生時代に波多野誼余夫氏・稲垣佳世子氏著の『無気力の心理学』という書籍を読もうと思ったのは、モチベーションについて知りたかったからです。モチベーションと言えば動機付け。やる気を出させることです。それならば、逆に、やる気が出ないというのはどういうことなのだろうかと思い、『無気力の心理学』という書籍を読破しました。


いくら努力したところで、自分のおかれている「ひどい」事態に、何ら良い方向への変化が生じそうもないと信じ、すっかり意欲を失っているのが無力感に他なりません。「何とかこの事態を切り抜けられるのではないか」と思っているうちは、まだいいです。事態がひどいものであれば、それだけ改善を目指して精力的に環境に働きかけるでしょう。しかし、自分の努力では何ともならないと思ったらどうか。たいていの人は、適応な行動をとることができず、情緒的にもひどく混乱してしまうでしょう(2頁参照)。ペンシルバニア大学の心理学者のセーリック氏は、「無力感の獲得」に関する実験的研究を行ないました。無力感、効力感という言葉が心理学の中でしきりに使われるようになったのはセーリック氏の功績です(7頁参照)。セーリック氏は実験を通じて、回避できない苦痛刺激に繰り返しさらされることは、三つのマイナスの効果を持つと述べています。第一に、環境に能動的に反応しようという意欲が低下することであり、第二に、学習する能力が低下することであり、第三に、情緒的に混乱することであります。実際、回避できないショックを受けた後で、実験箱の中で様々な行動を試みる実験用のイヌもいるのですが、その場合にも学習の仕方が遅いです。また、回避できないショックが与えられると、食欲が低下したり、血圧が上がったりすることも見出されています(7頁参照)。


自分は環境に好ましい変化を及ぼすことができるという一般化された期待が形成されることが効力感を導くようです(27頁参照)。人間は本来、環境に自分の活動の影響を及ぼしたい、環境を理解しコントロールしたいという欲求をもち、絶えず環境と相互交渉をしている存在であると言われています。環境とのやりとりの過程で、そうした欲求が満たされることは、人間にとって非常に快適な経験になるのです。自分の活動の結果、環境が「興味深く」変化した、自分が活動することによって、自分の思っているような変化を環境に生じせしめることができた、こうした体験は、さらにまた環境に働きかけることを動機づけます。そして、こうした体験が積み重ねられ、一般化されることにより、「自分は、環境におもしろい、楽しい変化をつくりだすことができる」という自信と意欲的な態度、すなわち効力感が獲得されていくのです(30頁参照)。物的環境からの応答的経験を通じて効力感が形成されていること。こうして形成された効力感が、自分のもつ諸能力を新しい場面で積極的に使うことを促し、知力の発達を促進することが考えられます(32頁参照)。


無力感と、効力感にはどんな関連があるのでしょうか。効力感とは、自分が努力すれば、環境や自分自身に好ましい変化を生じさせられうる、という見通しや自信をもち、しかも生き生きと環境に働きかけ、充実した生活を送っている状態を指します(51頁参照)。社会心理学者のデチャーム氏は、人間には、自分は自分の行動の源泉でありたい、自分の行動の主人公でありたい、という欲求があると強調します。もしそうだとすれば、自分が自分自身の行動をコントロールしているという感じがもてなくなった活動は好ましくなくなるのです(62頁参照)。スタンフォード大学の社会心理学者のレッパー氏は、ごほうびが自己評価に基づいて与えられた時には、内発的興味を低下させないという結果を見出しています。このことは、効力感の形成の問題を考える時、とても重要です。効力感の形成には、努力の主体、つまり行動をはじめ、それをコントロールしたのは、他ならぬこの自分であるという感覚、自律性の感覚が必要不可欠だと思われます。いくら好ましい変化を生じさせることができたとしても、誰かの命令ではじめたとか、何かほかの「やむをえない」事情のために努力した、というのでは、「ヤレヤレ」といった成功に伴う安堵感はあるにせよ、本当の効力感には繋がりそうにありません(62頁参照)。自律性の感覚を発達させるには、やりがいのある課題と取り組める状態にいることが前提として必要です。自律性の感覚を強める方法で、すぐに思いつくのは、自己選択の機会をもたせる、ということです。多くの選択肢の中から、自分で自分の好む活動を選ぶことができる、これこそ自分の行動の主人公は自分であるという感じをさらに強めるのです。それが効力感を発達させることにも繋がります(67頁参照)。


効力感というと、どうしても物事を扱う分野での達成と結びついて解釈されがちですが、環境における好ましい変化という中には、もちろん人間による好意的な反応が含まれます。他者との暖かい交流は、同時に、事物を扱う上での達成の喜びを増幅させ、効力感を導くことが多いです。自分の成し遂げた仕事が、誰か他の人のために役立った、他の人に喜んでもらえた、という実感は、決して自律性の感覚や内発的興味を低下させるものではなく、むしろ達成や成就により大きな意味を与える、と思われます(73頁参照)。他者の成功が即自分の失敗を意味するような関係では、自分が仲間の中で生きている、仲間とともに自分も成長している、という実感が得にくいものです。その意味で、競争的な関係が強調させる文脈は、効力感の育つ素地として不適切なのです。他者との競争が強調させる時には、満足感は、自分が努力したことからではなく、自分の能力の高さや好運からくるとする見方が強くなることが示唆されています。さらに、競争的な文脈では、自分や相手の「能力」を評価することにもっぱら関心が向けられます(76頁参照)。競争が強調させる文脈では、人々が結果志向的になります。エイムズ氏は自分自身の一連の実験結果に基づき、競争を「基本的に失敗志向システムだ」とさえ述べています。競争的文脈では、勝者は勝つことにより、ますます自分の偉さに酔い、敗者は一層自己卑下が強くなります。競争的文脈では、そこにいる人々が、お互いに友好的ではなくなるのです(79頁参照)。一方、ひとつの目標の達成を目指して、仲間同士がやりとりすることは、効力感を形成するやりとりの形と考えられます。いわゆる協同的な学習です(81頁参照)。目標を共有しながら、各自が積極的に意見を出しあい、討論する、仲間同士でのこのようなやりとりが、自分は相手に認められているという実感をもたらすのです。そして、自分は一人ではない、自分が困った時には手助けをしてくれる友達があるのだ、と思うようになるのです。自分の存在感や自信も強まろうというものです。また、協同的な学習を通じて、他人のために尽くすという気持ちも育ってきます。使命感や奉仕の精神も、このように「貢献する喜び」を通じて伸びてくるのかも知れません。教えあいや協同的なやりとりが効力感の形成に寄与することが、実証的にも、ある程度確かめられています。自分が相手から必要とされている、自分のしたことが相手の役に立ち感謝された、自分の行為に対するこのような強烈な手ごたえは、物理的刺激とのやりとりでは得られにくいものです。自分と同じ仲間である他者とのやりとりを通じてのみ得られるものだと言えます。人間にとって、他者との暖かいやりとりは、効力感の源泉として極めて重要です(84頁参照)。


波多野誼余夫氏・稲垣佳世子氏著の『無気力の心理学』という書籍では、無力感と効力感という切り口から家庭教育(100頁参照)と学校教育(114頁参照)のあり方についても触れています。人間にとって大切なのは自律性であり、個々の自律性を育める社会こそ効力感を得られる社会なのではないでしょうか。将来に不安のある社会は、無力感を獲得しやすい環境と言えます。将来に夢や目標、ロマンのある社会を創造していかなくてはならないと思います。今後、日本経済は成長しないという方もいますが、日本と似た状況のOECD各国と比較してみて、最近の10年間(1999~2008年)おける、OECD各国の平均名目GDP成長率は5.6%なのに対して、この間、日本だけがデフレで、名目GDP成長率はゼロです(『日本経済のウソ』高橋洋一著 86頁参照)。日本と似た状況のOECD各国が成長できて、なぜ日本だけが成長できないというのでしょうか。私は経済政策のやり方次第だと思います。人間も国家も活力が大切です。活力の源泉は効力感であり、そのためには、なるべく無力感を獲得しにくい社会を創造していかなくてはならないのです。ちなみに、国家の借金を強調する方もいますが、それならば、なぜデフレを放置しているのでしょうか。デフレは貨幣価値を高めること、つまり負債の価値を高めていることでもあります。なにか奇異に感じてしまいます。波多野誼余夫氏・稲垣佳世子氏著の『無気力の心理学』という書籍が教えてくれるのは、やはりポジティブが気持ちを持ち続けることの重要性だと思います。