ジル・ドスタレール著の『ケインズの闘い―哲学・政治・経済学・芸術―』を読んで。

ジル・ドスタレール著の『ケインズの闘い―哲学・政治・経済学・芸術―』を読んで。


 平成29年3月11日、ジル・ドスタレール著の『ケインズの闘い―哲学・政治・経済学・芸術―』という書籍を読破した。


 ケインジアンの私にとっては、少し失望した書籍であった。第五章の「貨幣」、第六章の「労働」の章でケインズの経済理論を紹介している。ケインズは計算貨幣を「それに債務や価格や一般購買力を表示するもの」と定義した(383頁参照)。そして、流動性選好説、有効需要の理論を展開する(386頁参照)。ケインズの有名な投資に対する美人コンテストの例え話は391頁で紹介されている。414頁では、労働の限界生産力を、426頁では、乗数を紹介している。投資が貯蓄以下に落ち込む時には失業が生じる(428頁参照)として、失業発生要因についても説いている。


 さらに重要な概念として、消費性向がある。消費性向とは、個人が消費に充てる所得の割合である。それは、所得が増加するとき消費支出は増加するが、しかし、その増加の割合は所得の増加よりも小さいという事実によって特徴づけられる(443頁)。有効需要の理論の根本的なものとして、消費性向は重要視されている。


 現在、格差社会と呼ばれ、貧富の格差が拡大の一途を辿っているが、この格差社会が国家経済に与える悪影響について、消費性向から説明している。ある一定の所得の増加があった時、富裕者は、貧者に比べてごくわずかな部分しか消費に充てないだろう。それゆえ富を生み出す社会は、その収入のますます多くの部分が貯蓄に充てる。こうして個人の美徳は公共の悪徳となる。すなわち完全雇用を達成するための障害となる(443頁参照)。つまり、貧富の格差の広がりは、全体的な消費の減少を齎し、国家の経済成長を停滞させる要因になるということである。


 ケインズは、投資からの期待収益の流列を、資本資産の供給価格、すなわちその置換費用と比較する上で役立つものとして、資本の限界効率という概念を持ち出している。資本の限界効率とは、資本資産から存続期間を通じて得られると期待される収益によって与えられる年間所得の系列の現在価値を、その供給価格にちょうど等しくさせる割引率に相当するものであると定義させるものである(444頁参照)。国家の経済の成長率を決める要因は、投資と貯蓄の割合であり、その関係に影響を与えるのは、利子率(386頁参照)、流動性選好、消費性向、資本の限界効率(390頁参照)、乗数効果、有効需要などの主要な概念なのである。


 その他、非自発的な失業などのケインズ理論における重要な概念はたくさんあるが、全てを書ききれないほど、ケインズの理論は壮大かつ偉大なものなので、ここでは割愛する。


 第四章の「戦争と平和」の章では、ケインズのドイツ国民に対する愛情が記載されていた。もしケインズの賠償金額案が認められたのであれば、ヒトラーの台頭も第二次世界大戦の勃発もなかったかも知れない(318頁参照)。ケインズの優しさと平和を祈る人物像が伺える話が記載されている。第五章の「政治」の章で重要なのは、政府の原則である(209頁参照)。第八章の「芸術」の章においては、ケインズの英国芸術に対する貢献が記載されている。資金面で援助し、英国の芸術発展に寄与した。現存するケンブリッジ芸術劇場にケインズの絵画が飾られているらしい(548頁参照)。


 ケインズの理論の核となる考え方は、有機的統一体である。その統一体の特徴は、特に数量化が可能な特徴は、それを構成する諸要素の特徴の総和ではないこと。全体の価値がその諸部分の価値とは異なるという性質をもっているような集合の一部である(175頁参照)。ケインズはホロニックな考え方を持ち、ケインズ理論は、全体と個との有機的な調和を求めた優れた理論ということなのである。


 また、書籍の編集に若干の粗さを感じた。522頁において、ケインズをメイナードとケインズという二つの固有名詞を混合させて使っていた。同一人物なのだから統一するのが自然だと思った。また、529頁では、第一次大戦、536頁では、第一次世界大戦と表記していた。これも統一すべきだと思った。534頁15行に「がそれ続き」と記載されているが、「がそれに続き」の間違えではないかと思う。


 最後にケインズの人間観、世界観の根底には、非合理性、非決定論的な世界観があり、それが理論を構成しているのである(569頁参照)。