伊東光晴著の『ケインズ―“新しい経済”の誕生―』という書籍を紹介する。

伊東光晴著の『ケインズ―“新しい経済”の誕生―』という書籍を紹介する。

 私は、以前から英国の偉大なる経済学者・ケインズ氏を敬愛していました。ケインズの偉大なところは、当時の経済学界を支配していた伝統的な経済理論という価値観に変革をもたらしたことです。伝統的な経済理論では、(イ)競争さえ確保されていれば、現在の技術・資源・人々の趣好などのマッチするように価格が決まる。(ロ)競争さえ確保されていれば、人々は価格を目安に、自分が最も得なように行動すればよい。その結果、経済は均衡状態になる。(ハ)価格の自由な動きによってもたらされた経済の均衡、それによる調和を外部から破壊してはならない。政府が経済に干渉することは、この自由競争と自由主義、個人主義原則による調和を攪乱することであるから、政府のなすべきことを最小限に止める安価な政府であるべきであり、同時に政府の財政は、この調和に無関係なように収入と支出とが等しい均衡財政であるべきだというものでした(87頁参照)。その伝統的な経済理論に異議を唱え、どれだけの経済の拡大が望ましいのかは自然任せではなく、人間の判断で決めるべきであり、それに応じて、信用と貨幣の量を調整すべきとし、人間の叡智による社会の運営というケインズの考えは、政府による経済のコントロール、貨幣制度という金融面の規制から、進んで公共投資・租税政策によるものへと拡大していきました(66頁参照)。経済的悪である不安定、危険、富の不平等、失業などを取り除くため、中央銀行や政府が努力することを述べていました。ケインズ経済の根底にある重要な理念は、人間の行動は功利主義的原則によって決まり、その合計が社会を動かすという決定論的世界観と違い、蓋然性の社会であり、確率論的な社会を想定していること(70頁参照)と、全体は部分の単なる算術的合計ではないという有機的統一体の原則<哲学者・ムーアの影響による>(52頁参照)です。ケインズの有機的統一体の原則という考え方は、アーサー・ケストラー氏の「ホロン」の考え方に通じるもので、とても共感が持てました。


 ケインズは、『雇用・利子・および貨幣の一般理論』を著わし、新しい経済を誕生させました。ケインズ経済は、世界恐慌後にアメリカ経済を立て直そうとしたルーズベルト大統領のニュー・ディール政策に影響を与えました(175頁参照)。ケインズ経済の中でも、失業問題に対する考え方は重要なもののひとつだと思います。それまでの伝統的な経済理論では、完全雇用を前提に展開(100頁参照)しているのに対して、ケインズは不完全雇用を前提に展開(99頁参照)しました。それまでの失業者は、「怠け者」と呼ばれていたのです。なぜ失業者のことを「怠け者」といったのかと言えば、働かないでブラブラしている人間というのは、「こんな安い賃金で働くのが嫌だ」と言って働かない人間だと思われていたからです(94頁参照)。それは伝統的な経済理論の下、単純な労働供給曲線と労働需要曲線との交点のみを賃金の妥当金額とし、それ以上の金額を望む人間が失業していると考えていたのです。労働市場が競争的であるならば、当然、賃金は低下し、需要と供給は等しくなり、働きたい人は全て雇われるという完全雇用の状態に達するはずだというのです。そのため、失業の原因は賃金が高すぎるからとなっていました(89頁参照)。しかし、ケインズは、労働供給曲線を修正し、水平な直線と曲線の混合線にして、その水平線の終わりまでを賃金にこだわっていなくても働けない非自発的失業者としたのです(96頁参照)。ケインズは労働需要いかんでは失業者が生まれるという不完全雇用を前提として理論を立てたのです(99頁参照)。伝統的な経済理論の描いた社会は、土地も鋤も自分のモノ、自分の畠を自分で耕し、今日、何時間働くかを自分で決める農夫のような独立小商品生産の社会でしか当てはまらず、現代の企業社会には適用できないものでした。伝統的な理論のいうように賃金を切り下げるとコストが下って、一見、利潤が増え、労働需要は増えそうですが、実は労働者の所得が減り、社会全体の需要が減ってしまうかも知れないのです(101頁参照)。この伝統的な経済理論の供給量と需要量が絶えず一致しているという仮定は、フランスの経済学者セーの「供給はそれ自ら需要をつくる」という言葉に代表されるセーの法則という理論の影響によるものです(105頁参照)。ケインズはこの理論に異議を唱えたのです。ケインズ経済の影響により、失業者はアイドルマン(怠け者)だとして個人の責任にされていたものが、社会の責任になり、政府が景気対策の前面におどりでたのです(178頁参照)。


 ケインズは有効需要の原理を提唱しました。社会全体の需要と供給とが一致した状態時、生産量をつくりだすのに必要な労働量が完全雇用の労働量以下であると、非自発的失業が生まれます。総需要の大きさを示す消費需要曲線が上に上がれば、所得(生産)と雇用量は増え、曲線が下に下がれば、所得(生産)と雇用量は縮小します。経済の規模は社会全体の需要の大きさによって支配されるというものです。社会全体の総供給量、つまり生産量と所得は、社会全体の有効需要の大きさ、消費需要と投資需要との和に等しくなります。所得=消費+投資が成り立つのです。また、所得の一部は消費され、残りが貯蓄されことから、所得=消費+貯蓄が成り立ち、ケインズは、そこから投資=貯蓄という関係を導き出しました(110頁参照)。


 ケインズは、所得=消費+貯蓄という関係を発展させ、ケインズの新しい経済の柱のひとつである乗数理論を発表しました。所得の増加=[1/(1-限界消費性向)]×投資の増加と所得=[1/(1-平均消費性向)]×投資を導き出しました。乗数理論は消費性向が変らないのであれば、産出量の水準の高いか低いか、つまり景気が良いか悪いかを決める戦略的な要因が投資の大きさだということを示しています。故に、不景気の時には投資を増加させる政策を取らなければならないのです。また、もしも民間の投資が少なくて、産出高の水準が完全雇用をもたらす量以下であるならば、政府は不足している投資分だけ、自らの力で投資し、経済を完全雇用まで拡大しなければならないのです。この場合、追加される政府の投資は、有効需要を新たにつくりだすものでなければならないのだから、増税という人々の実質所得が減少することによって賄われてはならないのです。さらに、政府の活動は民間の経済活動と矛盾せず、協調します。政府投資は民間の企業に直接間接に何倍もの仕事を与えます(117頁参照)。重要なのは、雇用量の増減は生産量の増減に支配され、生産量は所得の変化で測られ、所得は有効需要の大きさによって決まり、有効需要は消費需要と投資需要の合計であるということ、そのために政府は投資しなければならないということです(146頁参照)。


 ケインズ経済の柱には流動性選好利子論というものもあります。これは、伝統的な経済理論の投資・貯蓄・利子率決定論に対するものです。現金には、株や債券と違って価値の安定性があります。また、現金はいつでも好きな時にものを買うことができる便利さ、つまり交換可能性があります。ケインズは、この安定性と交換可能性という便利さを流動性と名づけました。利子は節欲に対する報酬ではなく、流動性を手離すことに対する代価であるというのが流動性選好利子論です(132頁参照)。流動性選好利子論を考察する上で、利子率の決定を伝統的な経済理論のようにフローに関係づけずにストックに関係づけたことが重要な点です(140頁参照)。


 ケインズ経済のお蔭で、戦後の資本主義には、景気変動の幅を縮めるメカニズムが次第に組み込まれていきました。まず社会保障の拡充、失業保険の完備という福祉国家観が安価な政府に代わって登場し、これに加えて、国防費や公共投資などによって予算規模が拡大しました。他方、財源としては累進課税が適用されました。その結果、第一に、富者の所得を税金によって吸い上げ、これを国が支出するなり貧しい人に再分配するなりすることによって、本来ならば貯蓄されていたものを支出に変え、消費性向を高めました。第二に、景気が後退する時には、税収入は減るが、支出は減りません。例えば、軍事費などは景気とは無関係に支出され、社会保障費と失業保険費などは不況になると逆に増加するというように支出が減らないからです。そのために不況期になると予算は自然と赤字になり、赤字の危機感が有効需要をつくりだしました。これが不況を緩和させました。好景気になると、逆に累進課税によって収入が急増し、他方、支出はと言えば、失業保険や社会保障費が少なくなって予算は自然と黒字になりました。黒字の満足感が有効需要の増加を抑えて景気の過熱を防ぎました。さらに積極的な公共投資の増減政策がこれに加わりました。こうして戦後の資本主義経済は激しい不況を未然に防いできたのです。これが景気変動に対する自動安全化装置(ビルト・イン・スタビライザー)です(179頁参照)。ケインズ先生の創造した新しい経済は景気の好循環を作りだし、不況になりづらい体質を社会にもたらしたのだと思います。経済循環を念頭に入れ、貧しき人々の生活の救済を考えていた優しきケインズ先生は非常に素晴らしい経済学者だと尊敬しています。